1299年、マルコ・ポーロの「東方見聞録」が出る。
【暗記用俳句】 ♪マルコ・ポーロ ジパングの活用 言いにくく(1299)
東方見聞録とは?
「東方見聞録」(とうほうけんぶんろく)は、マルコ・ポーロがアジア諸国(しょこく)で見聞した内容の口述を、ルスティケロ・ダ・ピサが採録編纂(さいろくへんさん)した旅行記である。マルコもルスティケロもイタリア人であるが、「東方見聞録」では、古フランス語で採録されている。
「東方見聞録」は、マルコ=ポーロが1271年から1295年にわたる25年間の東方への大旅行を記録した書物である。
「東方見聞録」はマルコ・ポーロの帰国後、ジェノヴァの獄中で口述筆記(こうじゅつひっき)され、マルコ・ポーロのの死後に発表された。
その詳細な記録は、ヨーロッパに初めて中国とその周辺の諸国のことを知らせることとなった。特に、日本の存在は、「ジパング」という名前で、初めてヨーロッパに伝えられた。
「東方見聞録」の中で、日本はどのように紹介されている?
「東方見聞録」の中で、日本は以下のように紹介されている。
・ジパングは、カタイ(中国大陸)の東の海上1500マイルに位置する独立した島国で、莫大(ばくだい)な金を産出(さんしゅつ)している
・王の宮殿(きゅうでん)は金できており、人々は礼儀(れいぎ)正しく穏(おだ)やかである
・埋葬(まいそう)の方法は、火葬(かそう)か土葬(どそう)で、火葬(かそう)の際には死者の口の中に真珠(しんじゅ)を置いて弔(とむら)う風習がある
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